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Communicators - with Innovative mind(2018年春号)



血液の流れを解析することで、
病気の進行のメカニズムを解明していく

ドラマと映画版「ガリレオ」の科学監修が話題に

――バイオ・マイクロ流体工学がご専門の大島まり先生ですが、先生の存在を、「ガリレオ」シリーズ のドラマと映画版での科学監修者として知った方も多いかと思います。どういった経緯で協力されることになったのですか?

 出張授業などに取り組んでいたり、「サイエンスZERO」(NHK Eテレ)のゲストコメンテーターを務めていたりしたので、それを見たフジテレビからお声がかかりました。最初は引き受けるかどうか迷いましたが、「物理学は私たちにとって身近な存在だし、いろいろな可能性を秘めていて面白いよ」というメッセージを伝えたくて、お手伝いしました。
 ドラマを見た方は、福山雅治さん演じる湯川学の書く数式はデタラメな適当だと思ったかもしれませんが、実はどの数式も正しいもの。私が書いた数式を福山さんがしっかり暗記して、そのまま黒板に書いていました。さすがプロの俳優さんだなと感心しました(笑)。


バイオ・マイクロ流体工学で体内の血液の流れを解明する

――バイオ・マイクロ流体工学がどのような学問なのか、簡単に教えていただけますか?

 わかりやすくいえば、脳動脈瘤や動脈硬化症など、人体の循環器系疾患と血液の流れの関連を流体力学の観点から解析して、病気の発症や進行のメカニズムを解明しようとする学問です。
 人体には、太さ25ミリもある大動脈から、太さ5マイクロメートル(0・005ミリ)の毛細血管まで、のべ9万キロメートルにわたる血管がはり巡らされていて、それは地球を2周と4分の1も回るほどの長さです。比較的太い血管から300マイクロメートル以下の、さまざまな太さ(スケール)にわたる血管内を流れる血液を扱う学問なのです。

――血液の流れを解明することは、なぜ必要なのでしょうか。

 脳動脈瘤、脳梗塞などの循環器系疾患は、血液の流れと密接な関係があります。しかし、脳内の血液の流れを実際に目で見ることはできません。一方、コンピューターを使って、CTやMRIなどの医用画像から抽出したデータを用いてシミュレーションすることで、血液の流れの情報を得ることができます。これらの情報は診断だけでなく、より良い治療や手術の選択の判断、さらには手術の予後(その後の見通し)の予測にも役立ちます。血液の流れを事前に予測することは、臨床の現場でも大きな意味を持ちます。



医療現場で役立って初めて意味をなす研究
医学との連携は不可欠です

流体の数値シミュレーションを医療・医学に応用できないか

――実際は医学にきわめて近い領域を研究されているわけですね。

 そうですね。でももとをたどると、大学院では原子力工学を学んでいたんですよ。私が取り組んでいたのは、核融合炉の熱を取り除くための冷却材の流れを、流体力学による数値シミュレーションで解明すること。核融合炉や原子力炉は高熱・高放射能のため、実際に実験することが困難です。そこで原子力工学では、早くからシミュレーションの技法が発達していました。その技法を人体の血流に応用したのが、現在の私の研究テーマになります。
 研究を始めたきっかけには、ある脳神経外科の医師との出会いがありました。その先生は、脳動脈瘤という疾患が脳の血流に関係があると考え、流体という工学的見地から原因を解明できないかと、彼の高校の同級生に相談したのです。その同級生の方が、たまたま私の研究内容をご存じだったため、私と引き合わせてくれました。それが1990年代半ばのこと。当時私は、すでに東大の生産技術研究所に勤めていましたが、自分なりの専門領域を模索している状態でした。流体力学を医学に応用するのは未開拓の分野であり、工学が医療に貢献できるのは素晴らしいことだと考え、医師や医学部の先生たちと連携しながら、新たな研究にチャレンジすることにしたんです。


血流のシミュレーションには機械工学と医学の連携が必要

――医師や医学部の先生方とは、どのように連携しているのでしょうか。

 私がいま進めている血流シミュレーションの研究は、医療の現場で診断・治療に役立つことで、社会的に意味を持ちます。それを実現させるためには、私の研究が医学や医療に役立つものになっているかどうか、つねに考えながら研究を進めていかなければなりません。
 そこで必要になるのが、医師や医学部の先生方との連携です。現在、私が共同研究しているのは、脳神経外科、血管外科や口腔外科の先生方。約1カ月から3カ月に1回の割合でミーティングの場を設け、研究の進捗状況を互いに発表して確認し合い、必要があれば自分の専門分野について解説を加え、目的や目標を共有するようにしています。お互いに切磋琢磨しながら研究を進めることで、私自身、大いに刺激を受けています。共同研究が20年以上続いている例もありますので、医学部の方にも何らかのメリットがあるのだと期待しています。最近では、数値解析に関する最新の知見を取り入れるため、数学の研究者の方に加わってもらうこともあります。

――異なる分野の方と連携して研究するとき、着眼点や発想の違いに驚かれたことはありますか。

 基本的な考え方に違いはありませんが、機械工学と医学とでは、答えやそれらを求める際のプロセスが違いますね。機械工学の場合、基準値をどうしても厳密に求めがち。一方、医学の場合は、患者さんによってさまざまな違いがあるので、答えを求める際も、ある程度の幅をもって考える必要があります。今後は個人差にどのように対応していくかが課題になります。
 手術後の血流変化を予測する場合には、全身を巡る9万キロメートルすべての血管を詳細に考えて計算しなければ、正確なシミュレーションはできないと思われるでしょう。一般にこのような作業には、スーパーコンピューターを用いた長時間の計算が必要となります。一方、臨床の立場からすれば、「必要な情報を迅速に得る」必要があります。そのため、人間の体の適応能力を考慮し、患者個人に対応した状況や変化を迅速に計算していくことが重要となります。
 そこで、いま私たちは、一般的なパソコンによる20〜30分のシミュレーションで重要な情報を抽出できる統合的なシステムの開発に取り組んでいます。それでも医学部の方には「時間が……」と言われますが(笑)。このシステムについては、臨床への応用の道筋が少しずつ見え始めています。


(左)脳動脈瘤にかかる壁面せん断応力分布の数値シミュレーション
(右)脳血管網の3D-VR(Virtual Reality:仮想現実)システムの開発


医用スライス画像からの3次元血管網構築と中心線導出システム

教育を通して、研究成果を
社会に還元していく

共同研究で大切なことはいかにwin-winの関係を築くか

――異なる分野の方との共同研究で、特に心がけていることはありますか。

 まず、目的を共有すること。そしていつも心がけているのは、どうやってwin-winの関係を築くかということ。というのも、お互いの理解を深めることが良好な研究結果にもつながるからです。
 たとえば、ある研究でひとつのアウトプット(結果)が出たとしても、それらがアウトカム(成果)としてどのように評価されるかは、置かれた立場によって異なります。機械工学の研究者であれば、工学的な知見が大事です。一方、医学研究者やお医者さんにとっては、研究成果が診断や治療に何らかの形で結びついていることが大事です。このような異なるニーズに対して、お互いwin-winの関係が築けるように歩み寄る必要がありますし、相手の立場を理解するコミュニケーション能力も必要になります。

――先生の研究では、機械工学と医学の連携が進められています。科学技術の分野において、今後こうした学際連携は増えていくでしょうか。

 社会全体が多様化していく中で、国際的な連携や学際的な連携は、ますます増えていくでしょうね。とはいえ、用語も方法論も異なる人々が連携して、ひとつの目標を追求していくのは、言うほどやさしいことではありません。これからの科学者や研究者にとって、コミュニケーション能力はますます重要になっていくのではないでしょうか。


科学技術コミュニケーションの重要性とは?

――大島先生は、東大で大学院生を指導するかたわら、小中学生と高校生を対象に出張授業も行われていますね。

 「科学技術コミュニケーション」の一環として、出張授業には1997年から取り組んでいます。授業を希望する学校に行き、たとえば、私の研究の根幹をなしている流体工学について、実は物理での運動量保存の法則などが基礎になっていることを教えます。自分たちがふだん学校で学んでいる勉強が科学者の研究とどう結びついているのか、一人でも多くの生徒に知ってほしいからです。
 また、私の所属する東京大学生産技術研究所では、2011年から「次世代育成オフィス(ONG: Office for the Next Generation)」を立ち上げ、さまざまなワークショップを開催しています。キャッチフレーズは「最先端科学技術を学校教育へ」。これは、私たちの日頃の研究成果を学術的進歩ととらえるだけでなく、教育という形で社会に還元していこうという、組織的・継続的な試みです。
 ONGワークショップの特徴は、産学連携がベースになっていること。たとえば航空会社とのコラボでは、中高生に整備工場で航空機を見学してもらいながら、航空機が空を飛ぶ仕組みを、流体力学の揚力と抗力から解説し、どんな形状の翼が空力的に良いのか、各自にデザインしてもらいました。

――なぜ科学技術コミュニケーションが重要だとお考えなのでしょうか。

 私たち研究者は、自分たちの研究が社会にとってどのような意義があるのか、研究者や専門としている人以外の方々にも知ってほしいと願っています。なぜなら、私たちの研究が学術的な進歩に貢献するとともに、社会的にも貢献することでより意義あるものになると考えているからです。これは、すべての研究者に共通する思いではないでしょうか。
 そのためには、研究者のメッセージを何か目に見える形で発信する必要があります。それが、「科学技術コミュニケーション」の重要な点であろうと思います。研究とは違った大変さがありますが、私自身は大いにやりがいを感じています。いま思えば、ドラマの科学監修も、科学技術コミュニケーションの一例としては有効だったと思います。

――最後に、これからの抱負をお聞かせください。

 いま開発を進めている血流シミュレーションシステムでは、患者さんの現状の血流について、かなりの精度でシミュレートできるようになっています。今後5年から10年の間に、できれば臨床応用という次のフェーズに移行して、システムの実用化までのめどをつけたいですね。そうした研究と並行して、科学の面白さを一人でも多くの方に伝えていければと考えています。

大島 まり(おおしま・まり)
東京都生まれ。筑波大学第三学群基礎工学類卒業。東京大学大学院工学系研究科原子力工学科博士課程進学後、休学して米国マサチューセッツ工科大学(MIT)に留学。東京大学大学院復学後に工学博士を取得し、1992年東京大学生産技術研究所の助手に。その後、文部省在外研究員として米国スタンフォード大学に留学。東京大学生産技術研究所助教授、同教授を経て2006年より現職。次世代育成オフィス室長。科学技術コミュニケーションの必要性に早くから着目し、90年代中盤から小中高校の学生向けに出張授業を開始。テレビ科学番組のコメンテーターや、テレビドラマ「ガリレオ」シリーズの科学監修を務めたことでも知られる。

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