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Communicators - with Innovative mind(2018年夏号)


コミュニケーションを基軸に、革新的なマインドを持って活躍する人の生き方や仕事観に迫るインタビュー 「Communicators - with Innovative mind」。
今号は、国際審判員として2度のワールドカップに派遣され、 現在Jリーグのプロフェッショナルレフェリーとして活躍する
西村雄一さんに、レフェリーという仕事の裏側や、その役割などについてうかがいます。





判定についてあれこれ議論するのも
サッカーの楽しみ方のひとつ

サッカーファンの大きな話題を呼んだ“あの”ジャッジ

――西村さんは過去に2回、ワールドカップにレフェリーとして参加されました。どの試合が印象に残っていますか。

  2010年南アフリカ大会では準々決勝のオランダvsブラジル戦、2014年ブラジル大会では開幕戦のブラジルvsクロアチア戦ですね。 どちらの試合も、主審を務めた私のジャッジが大きな話題になったので、いまでも強く印象に残っています。

――2010年のオランダvsブラジル戦では、オランダの選手を踏みつけたブラジルの選手を一発退場処分にしました。

  あのとき、ブラジルの選手本人は「踏んだのを見られたのなら仕方がない」という反応でした。2014年のブラジルvsクロアチア戦では、ブラジルの選手に対するクロアチアの選手のホールディングと判定し、ブラジルにPKを与えたことが賛否を呼びました。私としては、見たままを素直にジャッジしただけ。特別な判定をしたのではありませんでした。あの判定を巡っては、後でいろいろ議論されましたが、判定に対する賛否を含め、みんなであれこれ議論することもサッカーの楽しみ方のひとつ。時には、レフェリーへのブーイングも受け入れなければなりませんね。


国によって異なる「サッカー文化」判定はそれぞれの「サッカースタイル」をサポートしている

――レフェリーは「33番目の出場チームである」とも言われていますが、どういうことでしょうか。

  ワールドカップには32カ国のチームが出場します。各国から集められた総勢約90名のレフェリーは、いわばFIFAを母国とする33番目のチームなんですね。大会を成功に導くために、参加国のチームと同様、レフェリーチームもベストを尽くさなければなりません。

――レフェリーの皆さんは「チーム」として、どのように連動するのでしょうか。

  大会が始まる1週間前までに現地入りして、時差ボケを解消し、各自で体調を整えます。また、ファールに対する判定基準を一定にするためのミーティングや、プレーヤーの協力を得て実践的な練習を繰り返し、大会の成功に向けて一丸となります。

――ファールに対する判定基準は、国によって違うのでしょうか。

  判定基準が違うというより、国や大陸ごとにサッカー文化が違うので、好まれるサッカーのスタイルが異なり、判定基準が違うように感じるのです。 たとえばヨーロッパでは、選手同士がファール覚悟で激しく体をぶつけ合っても、お互いに理解していてめったに倒れないので、結果的にファールの笛が吹かれません。ヨーロッパのサッカーファンは「ボディ・コンタクトの激しいサッカーが見たい」と思っていて、選手たちも十分にそれを理解しているので、選手は観客の期待に応えるため、ぶつかっても倒れないように頑張るのです。 一方、日本ではフェアプレーも重視していて、激しさの中にも正しいプレーを求めるのでファールと判断される傾向にあります。もし今後、日本のファンが「もっと激しいサッカーが見たい」となれば、選手たちもそれに応えようと努力することによって、サッカースタイルが 変わっていくかもしれません。

――そもそも日本には、サッカーの審判員の資格を持っている人は、どのくらいいるのですか?

  現在日本サッカー協会が認めている審判員は、1級から4級まで合わせて、およそ27万人です。そのうち、Jリーグ、なでしこリーグなどのトップリーグを担当できる1級審判員は270名ほど。さらに、レフェリーを職業にしているプロフェッショナルレフェリーは、私を含め14人。サッカーの審判は基本的に、別に職業を持つ人が、選手や子どもたちのために、自分の時間を割いて務めています。



90分走り続ける疲れより
脳の疲れがはるかに大きい

攻撃側の視点で展開を予測し90分間プレーを追い続ける

――西村さんはJリーグ主審担当になった2003年から、Jリーグで笛を吹き続けています。レフェリーとして正確なジャッジを下すために、どのようなことが求められるのでしょうか。

  重要なのは、プレーを自分の目でしっかり確認して見極めること。そのためには、もっとも見やすい位置から見なければなりません。しかし、試合中は状況がめまぐるしく変わるので、もっとも見やすい位置は刻々と変わっていく。それに合わせて、自分も動き続ける必要があります。ボールが蹴られてから動き出していたのでは間に合わないので、ボールが次にどこへ蹴られるのか、つねに「予測」を立てて動く必要があります。


――次のプレーを「予測」するために、何が必要になるのでしょうか。

  ボールを持っている選手だけを見るのではなく、広くピッチ全体を視野に入れて、次に誰がボールを受けるのかに気づくことです。専門的な言い方をすると、中心視でボールをとらえながら、周辺視で確認できる特別な動きを探るわけです。たとえば、周辺視の意識を高めることで、手を挙げながらオープンスペースに走り込んでいく攻撃チームの選手の姿が視界の片隅に見えたりします。その瞬間、その方向に走り出すわけです。その選手にパスが出されるだろうと予測しながら。実際にパスが出されてから動いたのでは、とても間に合いません。

――「予測」は、ほぼ的中するのですか。

  いいえ、いつも的中するわけではありません。せっかくフリーになっている同じチームの選手がいるのに、それに気づかず、別の選手にパスしてしまうケースもあります。当然フリーだった選手は「何でこっちにパスを出さないんだよ!」と毒づいています(笑)。私も同感なので、その選手に「フリーだったのに惜しかったですね!」と声をかけると、「そうでしょう!」と、笑顔が返ってきます(笑)。試合中は、こんな感じで選手とコミュニケーションを取っています。 次のプレーを予測するためには、そのチームの攻撃スタイルを理解しておくことも重要です。たとえば、このチームはフォワードの○○選手でゴールを狙いたいから、途中の組み立てはこうなる可能性があると予測したり、カウンター攻撃が得意なこのチームは、足の速い××選手を裏に走らせるだろうと予測したりといった具合です。私の場合は、つねに攻撃側のボールを受ける人の動き出しに連動して動いています。ですので、AチームのボールがBチームに奪われたら、その瞬間から今度はBチームの一員となって攻撃の組み立てを予測します。そうやって90分間、つねに攻撃する側の視点でプレーを追い続けるわけです。 Jリーグで主審を務めると、1試合で10〜12キロ走ることになりますが、走り続ける体の疲れより、予測し続ける脳の疲れのほうがはるかに大きいですね。


西村さんがワールドカップで主審を務めた際の審判記録カード。
右が2010年南アフリカ大会準々決勝のオランダvsブラジル戦、
左が2014年ブラジル大会開幕戦のブラジルvsクロアチア戦のもの。


レフェリーの仕事道具であるホイッスル、レッドカード、イエローカード、コイントス用のコイン。
ホイッスルは2010年大会以来愛用している、モルテン社のバルキーン。ブブゼラの音に負けない音で吹けるのだとか。

レフェリーの仕事は合意を形成すること
判定も一種のコミュニケーションです

選手のメンタル・マネジメントもレフェリーの仕事

――サッカーの試合を見ていると、激しくエキサイトしている選手を見かけます。そんなとき、レフェリーはどのように対処するのでしょうか。

  これは私の持論なのですが、プロサッカー選手にはもともと良識的な人しかいません。なぜなら、少年時代から厳しいトレーニングに耐え、自己を節制し、努力に努力を重ねて、このピッチに立っている人たちだから。そんな素晴らしい選手が、一時の不安定な感情で通常のパフォーマンスを発揮できないことがあってはならない。選手のメンタル・マネジメントも、レフェリーの重要な仕事になります。 心がけていることは、エキサイトしている選手の怒りの原因を見極めること。たとえば、相手にぶつかられて怒っている選手には、私が声をかけるより、相手に直接謝ってもらう方がいいですね。そんなときは「私が時間をつくるので、一言声をかけてもらえませんか」とぶつかった本人にお願いします。たとえ対戦相手だとしても、お互いにサッカーを愛する仲間同士。「ごめん、悪かった」の言葉でリスペクトを示すことで、ほとんどのケースで怒りは解け、フェアプレーができる精神状態に落ち着きます。

――判定に不服を言う選手もいますよね。

  はい。怒りの原因が私だった場合、私の判定が間違っている可能性もあるので、「私には○○のように見えましたが、どうでしたか?」と聞いてみることもあります。また、プレーがきちんと見えなかった場合は、「すみません、見えませんでした」と正直に謝ることもあります。もちろん、一度下した判定を覆すことはありませんが……。


――レフェリーが皆、絶対的な自信を持っているわけでもないのですね。

  レフェリーの仕事は、あるプレーを「裁くこと」ではなく、あるプレーについて「合意を形成すること」だと考えています。「合意」とは、両チームの合意でもあり、私の判定に対する合意でもあります。みんなの合意を形成する、つまり判定は、一種のコミュニケーションでもあるわけです。


プレーヤーと観客にとってベストな環境を整えることが重要

――レフェリーという仕事のやりがいは何でしょうか。

  私たちレフェリーの責務は、プレーヤーが満足のいくプレーができるように、そして、観客が楽しめるように、環境を整えてサポートすること。それは
私自身の大きなやりがいでもあります。 プレーヤーが夢を追い続け、夢をかなえていく過程を一緒に経験できることも、この仕事の大きなモチベーションになっていますね。ある少年サッカー選手がプロとして活躍し、やがて海外に移籍して、日本代表に選ばれる。その軌跡をずっと身近で見続けられることも、この仕事の魅力だと思います。 実際に、現在Jリーグで活躍している選手の中にも、私が十数年間見続けてきた選手が少なくありません。過去に判定を受け入れられないことがあったとしても、ある時期を過ぎると「レフェリーも同じサッカー仲間だ」と気づいてくれて、「学生時代、よく西村さんに笛を吹いてもらいましたよね」と言ってくれる人もいました。お互いを大切に思いながら信頼関係を築けることも、レフェリーだからこその醍醐味ですね。

――選手と信頼関係を築くためには、何が必要なのでしょうか。

  心がけているのは、つねに正直であり続けること。自分が見たものについては、毅然と判断を下す。でも見えなかったものについては、素直に「わからない」という判断をする。そうやって目の前の事象に誠実に対応することを大切にしています。 レフェリーにはさまざまなタイプがいます。たとえば、教員出身のレフェリーは、人心掌握術で信頼関係を築くのが得意です。私は営業職出身なので「判定」というよい商品を届け続けることで、信頼を築いてきました。振り返れば、営業時代に培った経験は確実にレフェリーの仕事に役立っていると思います。

――いま西村さんが取り組んでいるNPO活動についても教えてください。

  引退したアスリートが、充実したセカンドキャリアを形成できるように後押しする「アスマッチプロジェクト」に、ビジネスアドバイザリーとして協力しています。単にアスリートの再就職を支援するのではなく、そのアスリートならではのキャリアや経験を地域社会に還元していくことが目的です。私も高校生を対象にフリーキック技術を競うイベントを企画したり、企業の新人研修などでの講演を行ったりしています。今後もスポーツ界全体の活性化を考えて活動したいと思っています。

西村 雄一(にしむら・ゆういち)
東京都生まれ。小学校からサッカーを始める。株式会社ボナファイドの営業職として働くかたわら、少年サッカーチームのコーチに。その後アマチュアの試合で審判の経験を積み、1999年に1級審判登録。2004年にスペシャルレフェリー(現プロフェッショナルレフェリー)契約。2010年FIFAワールドカップ南アフリカ大会では4試合で主審を務め、決勝戦で第4の審判を担当。2014年FIFAワールドカップブラジル大会では開幕戦で主審を務めるほか2試合で第4の審判を担当。2014年をもって国際審判員を退任。現在は国内Jリーグで審判員として活動している。


  • 次回2018秋号は9月上旬のお届けを予定しております。

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