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「理想の詩」創り出す人々(2018年秋号)
絵本で表現する「私」の世界
装幀・竹歳明弘 印刷・中野活版印刷店 製本・美篶堂 出版社・ビーナイス
『くままでのおさらい 特装版』
職人の希少な技術で二重の段差をつけ、「お皿」を表現したこだわりの表紙。
「世界で最も美しい」と評価された絵本
ページをめくるごと、「ぱくぱく ごっくん」の言葉とともに、「わたし」はお皿の上に載せられたものを次々と食べていく。 くじら、羊、鹿…そして恋人。他者の命(存在)によって形づくられる自分という存在、そうして生きていくサイクルが、 幻想的で温かみのある絵とシンプルな言葉でつづられる。"哲学絵本"とも称される絵本『くままでのおさらい』は、 2017年の「造本装幀コンクール」における日本印刷産業連合会会長賞受賞に続き、 2018年には「世界で最も美しい本コンクール(ドイツ)」で銀賞を受賞。 その装幀や仕上がりの美しさのみならず、総合的な作品世界そのものが海外でも評価された話題の一冊だ。 「絵本の場合、絵を見るだけでも物語が伝わるようにと思ってつくります。 国を越えて作品の良さが伝わってとても嬉しいですね」と、作者の井上奈奈さんは話す。 長らく画家として、またグラフィックデザイナーとして活躍してきた井上さんが最初に絵本作品を手がけたのは2014年のこと。 「クリエーターとして協力をしていたトラ・ゾウ保護基金というNPOから、活動を周知する方法について相談を受けたので、 絵本にしては?と提案したんです」。物語、構成から題字までを自身で手がけた『さいごのぞう』は高評価を受けた。 「初めて絵本をつくってみて、なんて面白いアウトプットの方法なんだろうと思いました。 デザイナーとしての紙やフォントの知識も総合的に生かせるし、表紙を開くとひとつの世界があって、その空間、時間に没頭できる。 学生時代に学んだ建築にも似た、他者と"世界の共有"ができる素晴らしい手段だと思いました」
「リソグラフ」だから表現できた味わい
2016年に発表した『くままでのおさらい』は、3作目の絵本。 井上さんは「つい数日前まで生きていた牛や豚を食べることでその命が私の中に宿るとはどういうことだろうと、 幼い頃からその"境目"にずっと興味がありました。また大人になってからも、他者との距離感、"境目"を考えることがあった。 それを表現してみたかったんです」と話す。その世界観を印刷で表現するのに選んだのは理想科学の「リソグラフ」。 印刷の味わいを生かしつつ、厳選した最小限の色数で表現したシンプルで想像力を掻き立てるような仕上がりが、 前述の評価へとつながった。 これからも絵本づくりは続けたいという井上さん。「建築家やサウンドアーティストなど、 さまざまなジャンルのつくり手とコラボレーションした展示を通して、絵本の世界を体感してもらえるような インタラクティブな機会をつくりたい」とも語る。 今後どんな作品世界を見せてくれるのか。注目したい。
「リソグラフによる印刷は、一枚一枚を手で刷ったようなインクののり 具合、味わいや、予期しない色の重なりなどがすごく魅力的ですね」と 井上さん。
2018年に開催されたArtmoreAwardで大賞を受賞した井上さんの絵画作品。かつては「自己表現するのが絵、外の世界を意識してつくるのが絵本」と考えていたが、いまはどちらも「誰かと世界を共有する手段」と考えるようになったという。
「リソグラフ」による印刷を手がけたのは中野活版印刷店。ここで活版印刷によるシリアルナンバー入りの『くままでのおさらい 特装版』が刷られていった。
井上 奈奈(いのうえ・なな)画家・絵本作家。
両親はともにクリエーターで、幼い頃から絵に親しむ。高校時代、交換留学生として渡米。現地の美術教育を受ける。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒業。卒業後はグラフィックデザインの仕事に従事しながら国内外での個展やアートフェアにて作品発表を続ける。2016年、2017年には著作の絵本『ウラオモテヤマネコ』『くままでのおさらい』の2作品が相次いで舞台化。絵本最新作は『ちょうちょうなんなん』(あかね書房)。
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理想科学工業株式会社 広報部『理想の詩』編集係