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「理想の詩」創り出す人々(2019年夏号)

作品に対する感動を表現

左から、杉本さなえ作品集「Close Your Ears / 耳をとじて」、花松あゆみ「YOYAGE」、きくちちき「とらこのおくりもの」。

作品を見たときの感動を本という形にしたい

女性の横顔が印象的な表紙の本がある。これは作家、杉本さなえさんの作品をまとめたアートブックだ。出版したのは、えほんやるすばんばんするかいしゃ。
代表の荒木健太さんは、広島で開催された展示会で杉本さんの作品を見たとき、なんとも言えない感動で胸がいっぱいになったと言う。そして、「この感動を形にして残したい」という気持ちが抑えられなかったと話す。当初は初対面の自分が作りたいと申し出るのはおこがましいと感じ、一旦は遠慮して帰京したものの、どうしても自分で手がけたいという思いが強くなり、再び出版の話を持ちかけた。
杉本さんは墨と朱墨を使って作品を描く。これを再現するため、「リソグラフ」を選んだ。それはなぜか。
「「リソグラフ」で印刷したものには、作品を見たときのドキドキ感があったからです」と荒木さんは話す。
一般的に絵を作品集にまとめるときは、再現性を優先することが多い。再現性という点ではオフセット印刷のほうが優位だった。でも、「絵の情報ではなく、僕が見たときの感動を伝えたい」という気持ちで、手作りの印刷感がある「リソグラフ」を選んだ。もうひとつの選択肢であるシルクスクリーンよりも、細い線がしっかり出ることがわかったからだった。「リソグラフ」は、荒木さんの中にある記憶を呼び覚ます仕上がりにするための選択だった。

選びぬかれた紙に命が吹き込まれていく

「リソグラフ」による印刷を担当したのは中野活版印刷店。杉本さんの絵はとても繊細で、たとえば黒い線で描かれた目の中にポツンとある赤い点が少しずれただけでも表情が違ってしまう。
「荒木さんと、絶対にずらしたくないねと話していたので、ピタッと合ったときは爽快感さえありました」と中野好雄さんは話す。
手触り感の良い本にしたいという装丁家・サイトヲヒデユキさんの思いを受け、製本をしたのは美篶堂だ。もっとも特徴的なのは小口(背と反対側の側面)の微妙な凹凸。これは紙を手で裂いてつくり出している。
全ページを手で重ね、不要部分を断裁したあと背に製本用ボンドをぬり、表紙で挟む。見返しを糊付けしてプレスしたらようやく完成となる。どの工程でもコンマ数ミリの違いを許さず仕上げていく。気が抜けず手間のかかる仕事だが、「最初に仕上がった本を見ることができるのは、作者でも、編集者でもなく、私たち。この誕生の瞬間に立ち会えるのが何よりの喜びなんです」と美篶堂社長の上島明子さんと工場長の小泉翔さんは微笑む。
そして、印刷を担当した中野さんは、「本になって帰ってきたときは、ゾクゾクっとします。なんだか胸がざわつくんですよ」とその喜びを表現する。
企画をした荒木さんは、「本は人の手に届いたときに初めて完成するのだと思うのです」と、手にとる人がそれぞれに楽しんでくれたら嬉しいと胸のうちを語ってくれた。

製本を行う美篶堂での終盤の工程。表紙と背表紙に本文を挟んで熱を圧で接着。自分の手の中で本が仕上がっていく感覚は、「得難いものです」と小泉さんは話す。

中野活版印刷店で「リソグラフ」による印刷中。ブラックとレッドがうまく重なるように微調整を行う。「天地左右の位置調整はタッチパネルで簡単にできます」と中野さん。

杉本さなえ作品集「Close Your Ears / 耳をとじて」に収録の1枚。「リソグラフ」により、瞳の中の点や洋服の絵柄まできれいに印刷されている。

本に手触り感を出したいという装幀家の要望に合わせ、紙を一枚ずつ手で裂き、粗い断面をつくっている。

えほんやるすばんばんするかいしゃ
東京・高円寺で国内外の絵本の古書や新刊書などを取り扱い、出版も手がけている。出版物には「リソグラフ」を使用したものや手製本のものも多い。
http://www.ehonyarusuban.com

中野活版印刷店(なかのかっぱんいんさつてん)
グラフィックデザイナーの中野好雄さんが代表を務めるデザイン事務所。活版印刷や「リソグラフ」での印刷も請け負い、クリエーターの相談に乗りながらさまざまな印刷物に対応している。
https://www.letterpress.so/

美篶堂(みすずどう)
長野・伊那市で手製本を行っている。製本技術を生かしたオリジナルノートなどを販売するほか東京のショップではワークショップも開催。(左・上島明子さん、右・小泉翔さん)
http://www.misuzudo-b.com/

  • 次回2019秋号は9月上旬のお届けを予定しております。

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