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「理想の詩」創り出す人々(2020年春号)

古くて新しい印刷表現を追求する

上左:Root(2016)、上右:Kitsh(2006)、
下左:Heart(2017)、下中央:Bulb(2016)、下右:Blue line(2017)

新しい表現方法としての「ガリ版」

コピー機やプリンターが普及する以前、昭和の終盤にかけて官公庁や学校などで広く使われていた「ガリ版」。堀井新次郎親子が明治27年に開発した簡易複写機で、正式名称は謄写版という。学校新聞や通信類、冊子づくりなどに使用したことがあるという世代には懐かしいその技術を使って、いま、新しい芸術表現を追求している若きクリエーターがいる。
「ほかの版画表現とは異なり、謄写版は手描きの線をそのまま生かすことができます。それが自分の表現にすごくフィットしたんです」。そう語るのは、版画作家の神﨑智子さん。謄写版を使った独自の版画表現を考案し、創作活動のかたわら、ワークショップなどを通じてその技術を教えたり、謄写版文化史の研究、情報発信などを行っている。
謄写版には孔版印刷の仕組みが使われている。まずはヤスリの上に置いたロウ原紙に鉄筆で文字を書き、細かな孔が開いた版をつくったら、それをスクリーンに貼る。ローラーでインクを刷りこむと、孔を通ったインクで文字が印刷されるというものだ。神﨑さんは、最初にスケッチブックに下絵を描き、それをロウ原紙に鉄筆で写し取ると、さらにヤスリの上に置いて細かな陰影やベタ面を鉄筆で描画。版画ならではの素朴な温かさと、繊細でやわらかな描線が共存する、独特の味わいを伴う表現方法を編み出した。

SNSを通じて海外からの問い合わせも

版画を専攻した大学時代に謄写版のことを知った神﨑さんは、卒業後、会社員生活を送りながら、創作活動と並行して謄写版の研究も続けた。その熱心さは、古い文献を当たったり製紙メーカーに製法を問い合わせるなどして、いまは入手困難となっているロウ原紙を手づくりするほど。「ファインアート(純粋芸術)の版画表現としての謄写版印刷を確立させたいんです。ロウ原紙のような消耗品も自作できるから、安心して創作できることを伝えていきたいし、かつて謄写版で行われていた表現活動について、また技術的特徴についてもよく知り、技法と文化史をまとめる必要があると思っています」と神﨑さんは話す。
近年、同じ孔版印刷技術を基盤とする「リソグラフ」を使ってアート表現をする作家が世界中に存在するが、神﨑さんのSNSへはそんな海外からも続々と問い合わせが入ってくるのだとか。「ふだん使っている『リソグラフ』の原点が謄写版にあることを知り、彼らも謄写版に興味津々のようです。日本ならではの謄写版の技術と文化、そして美術表現の可能性について、彼らにもしっかり伝わるよう情報発信をしていきたい」。謄写版印刷による新しい表現を追求しながら、その技術と文化の継承・発展も一身に担う神﨑さん。今後の活動から目が離せない。

鉄筆の代わりに、銅版画で使用されるバニッシャー(鋼鉄製の棒状の道具)を使用。先端が強靭なのだという。
神﨑さんが手がける謄写版版画で主体になるのは、謄写版ヤスリの細かな点の集積。自然と、やわらかくて繊細な仕上がりになる。

東京都小平市に構える拠点「Atlier10-48」では、謄写版に関する貴重な史料に触れられる展示会も開催。

道具類は、どれも画材屋や100円均一の店などで入手可能か、簡単に自作できる。「銅版画の道具や、身近な材料があれば大丈夫。気軽にできることを知ってほしい」

神﨑 智子(かんざき・ともこ)
1983年大阪府生まれ。京都精華大学芸術学部版画専攻を卒業後、2008年に謄写版印刷の情報発信サイト「10-48.net」をオープン。現在東京都小平市にアトリエを構え、謄写版版画作品の制作およびワークショップ、企画展などを展開している。

  • 次回2020夏号は6月上旬のお届けを予定しております。

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