HOME > 知る・学ぶ > 理想の詩 > 「理想の詩」創り出す人々(2024年春号)

「理想の詩」創り出す人々(2024年春号)

手で打ち出す時空を超え響く音色

シンバル中央にある丸みは「カップ」と呼ばれ、その角度や歪みを調整することで音に奥行きや複雑さを与えることができる。

“心地よい音”を追求し、それをハンマーで叩いて金属に閉じ込める、「音響彫刻」という考え方をとる。

シンバル製作に欠かせないハンマーや金床。左から2点目は自作の道具。シンバルの中央に位置する丸い「カップ」を叩き、音を微調整するのに使用する。

力強い音から繊細な音まで出せる不思議な楽器

たとえばオーケストラの最後列で、曲がクライマックスに差しかかるやここぞとばかりに存在感を示す。あるいはジャズやポップスのバンドで、ドラムとともに一定のリズムを刻み、ときに曲のフィニッシュを華やかに演出する。力強くインパクトのある音色で曲を彩る金属楽器のシンバルは、そのシンプルな構造とは相反し、実はとても表現力豊かで、複雑な音の世界を内包しているのだという。「力強く激しい音だけじゃなく、心穏やかになるような繊細な音まで出せる。不思議な楽器です」と語るのは、山本学さん。手作業で1点1点シンバルを製作し、世界中から注文が入る職人だ。
発祥はオスマン帝国の軍楽隊で、味方を鼓舞し、敵への威嚇に効果を発していたというシンバル。トルコ軍のヨーロッパ遠征によって西洋に伝わり、その後音楽家たちになじみの楽器となっていった。20世紀に入ってからは、ジャズやポップスの隆盛とともに、ドラムセットに設置してスティックで叩くスタイルが普及する。いまも世界最大のシェアを誇るのはトルコ発祥のメーカーで、そのほとんどが工場で大量生産される中、山本さんの手がける手打ちのシンバルが世界の名だたる演奏家から支持を集めている。

100年前につくられたというアンティークのシンバル。現在オーケストラで使われているものに比べると一回り小さい。

トルコから送られてくる平らな青銅の板。平均して1枚につき1万回ほど、多いときで20万回叩いたこともあるのだとか。

エネルギーを刻み、自分の命を宿らせる

高校のオーケストラ部で打楽器に親しみ、やがて作曲家の道を志した山本さん。世界の多彩な音楽に触れようとインドのタブラという打楽器の奏者に弟子入りした際、ドレミでは置き換えられない、楽譜に書けない音の世界があることを知ったという。その後、100年前のアンティークシンバルの音色にタブラと同じような不思議な心地よさを感じた山本さんは、その音の記憶を頼りに、シンバルを自作することを思い立つ。
トルコから仕入れた平らな青銅材を、理想の音を探りながらハンマーで何万回と打ち続ける。完成するたびにその音色を動画配信サイトで公開すると、国内外から次々と注文が舞い込むようになった。
親交のある海外の著名なドラム奏者は、山本さんのシンバルを「叩くと語り返してくる」と評したという。だからこそ一打一打に魂を込めるという山本さんは、「音づくりとはコミュニケーション」とも語る。「自分のエネルギーを刻むことで、シンバルに命が宿るような気がするんです。僕が100年前の外国のシンバルの音色に心を動かされたように、僕のシンバルを通して、現在の人はもちろん、未来の人との間にもコミュニケーションが生まれる。それこそがものづくりの魅力であり醍醐味ですね」。これからどんな唯一無二の音色を生み出していくのか、注目したい。

Øyvind Skarbø/撮影:Frid Tronstad

Antonio Fusco

海外の演奏者にファンの多い山本さん。ライブで使ったと報告があると、そのライブ体験を共有した気持ちになるとも。「僕の一部がすべてのシンバルに宿っている感覚があります。遠くにいても僕の一部が音を鳴らしてくれていると思うと嬉しいですね」。

山本 学(やまもと・まなぶ)
1988年生まれ。4歳からピアノを弾き始め、15歳のときに高校のオーケストラ部で打楽器を始める。大学では音楽を専攻。インド滞在を経て帰国後、中学の音楽科講師に。独自の研究を重ねた末、2016年にシンバル製作を開始。2018年より「ARTCYMBAL(アートシンバル)」を標榜。独特の音色が出せるシンバルとして多くの演奏者に支持されている。

『理想の詩』をお届けします。

本誌の定期送付(無料)をご希望の方は、ホームページの講読申し込みフォームまたは、ハガキに郵便番号、住所(希望送付先* 日本国内に限ります)、氏名(フリガナ)、電話番号をご記入の上、下記までお申し込みください。


・お申し込み先(ハガキ)
〒108-8385 東京都港区芝5-34-7 田町センタービル
理想科学工業株式会社 広報部『理想の詩』編集係

このページのトップへ