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「理想の詩」創り出す人々(2025年冬号)

手仕事の粋が生む流麗の響き

1200度という高温に熱せられた鉄の焼きゴテを甲に押し付け、焼きを入れていく。

シュロのブラシを使って丹念に磨きをかけていくと、美しい木目が表面に現れてくる。

琴の内部(甲の裏側)に施された美しい綾杉文様。機械を使ったかのように緻密な模様が、ノミによる手作業で一つ一つ彫られていく。琴の表側からは決して見えないこの彫が、音の響きを大きく左右する。

美しい音色を独自に追求

伝統的な和楽器の一つである琴。奈良時代に中国から伝来し、主に雅楽の演奏に用いられていたが、江戸時代には武家の娘のたしなみとされ、やがて良家の子女にとって定番の嫁入り道具となっていく。その琴で、全国生産量の7割を占めるのが、広島県福山市だ。福山琴は華やかで精巧な装飾から美術工芸品としての価値が認められ、1985(昭和60)年に楽器として初めて、国の伝統的工芸品に指定されている。
福山琴の歴史を紐解くと、古くは江戸時代初期に遡る。初代福山藩主の水野勝成が歌謡・音曲といった芸事を奨励したことから、福山の地から優れた演奏家や筝曲が次々と誕生。大正にかけて、当時としては珍しい、分業で琴を仕上げる工法が確立したことで生産量が増加し、福山市は琴の一大生産地となっていった。
「とにかく、良い音が鳴るいい琴をつくることだけを念頭に置いています」と話すのは、藤井善章さん。福山琴をつくり続けて60年以上になる熟練の琴職人で、伝統工芸士でもある。藤井さんは10代で地元の琴製造会社に就職し、職人となった。1978(昭和53)年に自身の工房を立ち上げるが、時代の流れから当時すでに福山琴の生産量は減りつつあった。「装飾や木目など見た目の美しさだけに頼っていてはダメになる。楽器である以上美しい音色を追求すべきだ」と考えた藤井さん。検証を重ねた結果、琴本体の厚みを微調整することでより良い響き、広がりのある音色を出すことに成功する。そうして、藤井さんの手による琴の最大の特長である、清流のように透明感がある、美しい音色を実現した。

コンパクトな「新福山琴」の誕生

藤井さんが使用する原木はすべて、緻密で美しい木目で知られる福島県三島町の会津桐だ。選別した原木を1年程乾燥させた後、かんなを使って甲の形を整える。次に甲の中を刳り貫き、甲の裏面に音響効果のかなめとなる精密な綾杉彫を施していく。その後、高温に熱したコテで表面を焼き、桐本来が持つ油を表出させる。この油がコーティング剤の役割を果たし、本体を汚れや傷から守ってくれる。甲焼きを終えた表面にブラシで磨きをかけると、表層に美しい木目が浮かび上がると同時に艶が出る。細かい装飾を施せば、見事一面の琴の完成となる。
2000(平成12)年には、福山市の複数の琴製造会社が協働し、全長140センチメートル(通常は180センチメートル)の「新福山琴」を開発。藤井さんも製作にあたる。「持ち運びしやすいので、学校や演奏家の海外公演などに活用されています。気軽に琴に触れる機会につながると嬉しいですね」。長い歴史の中で生み出されてきた伝統技術にさらに磨きをかけ、新たな価値を生み出す。その挑戦は続いている。

福山琴本来の完成度や品質を損なわず、扱いやすさに重点を置いて開発された「新福山琴」。弦の張替えが容易なほか、短尺なので持ち運びや収納、保管がしやすい。

取材現場に同席された生田流師範の森岡道人さんが、見事な演奏を披露してくれた。「藤井さんがつくる琴は響きが良く、演奏者にとっては楽に良い音が出せます」と森岡さん。

国内シェア7割を占める琴の生産地、広島県福山市。正月や祝いの席で演奏される琴の名曲「春の海」は、筝曲家・宮城道雄が福山市の名所「鞆の浦」の情景をイメージしたといわれている。(写真提供:福山観光コンベンション協会)

藤井 善章(ふじい・よしあき)
1943年生まれ。藤井琴製作所代表。福山邦楽器製造業協同組合理事長。絵画や工作好きな幼少期を送り、中学卒業後、地元福山市の楽器製造会社に就職したのを契機に福山琴の職人に。以来、60年以上にわたり福山琴の製造に携わる。その高度な技術が認められ、福山琴装飾部門における伝統工芸士に認定されている。藤井さんの琴の音を現場で聴いてから購入してもらえるよう、楽器店への卸だけでなく直販も行っている。

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