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「理想の詩」創り出す人々(2026年春号)

守り、生み出し、つなぐ伝統技術

葛飾北斎「神奈川沖浪裏」の制作工程。彫師は、硬く頑丈で、木目が均一な山桜の版木にまず主版を彫り、その後複数の色版を彫っていく。

絵師が指定した色に合わせて、摺師が一色ずつ摺り重ねていく。和紙の繊維に顔料を“きめ込んで”発色させていく。

絵師、彫師、摺師、版元の連携から生まれる伝統木版画

役者絵や美人画、風景画から、庶民の暮らしや風刺画まで、「浮世=当世風の」の言葉が意味する通り、江戸時代の社会風俗や時代性を表すメディアとして広く庶民に愛された浮世絵。その普及を支えたのが、多色刷りの高度な木版技術だ。明治時代以降、メディアとしての役割は機械印刷に譲りつつも、木版画はその高い芸術性が評価されるようになっていく。
浮世絵に魅せられ、伝統的な木版画の魅力を多くの人に伝えようと、1928(昭和3)年に安達豊久が創業したのがアダチ版画研究所だ。現在は、自社工房に専門の職人を抱え、版元として浮世絵の復刻版を制作出版しているほか、人気ドラマへの撮影協力や、錚々(そうそう)たる現代アーティストらとコラボし“現代の浮世絵”を制作するなど、伝統を生かした新たな表現の可能性を追求し続けている。“集団芸術”の側面を持つ伝統木版画の制作には、絵師、彫師、摺師、そして版元という、4者の連携が不可欠だ。まずは、絵師が描いた版下絵(アウトライン)を、彫師が小刀やノミを使って色別に版木に彫っていく。それぞれの版木が完成すると、次は摺師が版木に指示通りの顔料を乗せ、和紙を置いて上から摺っていく。色の数だけ摺りを重ねていき、作品の完成となる。版元はそれらの工程を監修し、プロデュースする役割を担う。職人は本来、版元からは独立してそれぞれの工房で仕事にあたるが、アダチ版画研究所では彫師と摺師が一つ屋根の下で作業を行う工房を完備。職人同士が切磋琢磨し、密にコミュニケーションをとれるほか、版元が日々進捗を確認することでより良い品質の確保に努めている。

(左)木版画特有の道具、馬連。摺師の体重が効率よく和紙に伝わるように設計されている。
(右)彫りの命ともいわれる小刀と、さまざまな大きさのノミ。

“型”を守り未来へとつなげていく

現在工房には彫師2名、摺師6名が在籍。職人歴10年になる彫師の長谷川博美さんは、「絵師(作家)の方に、“自分が描いた(オリジナルの)絵よりもいい仕上がりになった”と言われ、嬉しかったです」と話す。細かな線の描写も、工房で培った確かな技術で忠実に版木に彫り起こす。版下絵を忠実に再現することは大前提だが、手仕事ならではの生き生きとした表現が生まれたり、比較的版下絵よりもシャープに、すっきりとした印象に仕上がるのも木版画の魅力となっている。アダチ版画研究所が使命とするのは、伝統木版画の技術を着実に継承していくことだ。長谷川さんも、「大切にしているのは、先輩方から受け継いだ“型”を守り、伝えていくこと」だと語ってくれた。江戸時代に花開き、多くの日本人に愛された木版画技術と文化を未来へとつなげていく。その挑戦はこれからも続いていく。

江戸時代中期に輸入され、歌川広重、葛飾北斎らが風景画に多用したのが、発祥地のベルリンから「ベルリン藍」「ベロ藍」と呼ばれた人工顔料。透明感があり、鮮明で美しい色合いは一躍絵師の間で人気となった。

伝統木版画では、赤、青、黄の三原色を基本とする顔料を使用。顔料を混ぜ合わせて目的の色をつくるのも摺師の重要な仕事だ。

東洲斎写楽のデビュー作「大谷鬼次Ⅲ 江戸兵衛」。歌舞伎「恋女房染分手綱」の悪役・江戸兵衛を描き、役者の表情やしぐさを誇張した表現で話題を呼んだという。

次世代の浮世絵師の発掘を目的とする公募「アダチUKIYOE大賞」で、2018年に大賞を受賞した日本画家、宮﨑優氏の作品。
〈宮﨑優「黄昏」(2025)〉

アダチ版画研究所(あだちはんがけんきゅうじょ)
1928(昭和3)年創業。浮世絵に培われた伝統木版技術を継承する彫師、摺師によって、浮世絵の復刻版や現代アーティストとともに制作するオリジナル木版画の制作出版を行うほか、展覧会の企画・運営などを主な事業としている。東京・目白にある工房にはショールームが併設されており、浮世絵の復刻版や現代の木版画作品の展示・販売、また木版画の制作に関する展示などを行っている。

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